皆さん、ついにきました!
7月15日くらいから読み始めて、やっと読み終わりました。長かったですとても。さらにいうと合計で45000字のメモなんてしたことがありません。これ一つで本ができてしまうのかというくらい長い道のりでした。。。Google keepというメモは2万文字までしか書けないので、メモを3つ使用しております。読みながら書く!そしてブログにアップすることで、さらに読む!1回では理解できなことも本当に多いです。繰り返し読むために、自分のためにアップしています。
これから経営者になろうとする人、すでに経営者の人、もしくは一社員でもかまいません。とても素晴らしい内容です。
1995年に初版されています。それから20年以上たっても色あせない内容にT本は感動しております。
これから起業する私には欠かせない名著です。
内容を読めばわかると思いますが、簡単に書けるものではないのです。相当な時間、確か5年間かけて書いたのではなかったでしょうか。そんな時間を費やし、それでもこれから経営者になる方やそれ以外の多くのかたに伝えたかったという著者の想いが伝わります。
とても長いので、途中で終わるような人は読まない方がいいです。
それではどうぞ、お楽しみください。
第一章
■最高の最高
ビジョナリーカンパニーとは、ビジョンをもっている企業、未来志向の企業、業界で卓越し、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業である。
重要なのは、ビジョナリーカンパニーは組織であるということだ。
個人として、いかに優れようがカリスマ性があろうが、優れたビジョンがあろうが、いつかはこの世を去る。先見的な商品やサービスといったすばらしいアイデアも、やがて時代遅れになる。
ビジョナリーカンパニーとは、ほとんどの場合、金メダリストであり、比較対象企業は、銀メダリストか銅メダリストだか、この本でのビジョナリーからは、単に成功している、長く続いている企業ではなく、そのほとんどが業界の超一流企業であり、何十年もの間、その地位を保っている。
ビジョナリーカンパニーは特別な企業だか、それでもかごに数回は深刻な危機に陥っているだろう。
ディズニーは1939年に資金繰りが厳しくなっています株式を公開せざる負えなくなったり、1980年代には、株が低迷して企業が乗っ取られそうになったりした。
ソニーは設立から5年間、1945年~1950年
開発した製品が次々失敗し、1970年代には、ビデオ戦争で、ベータ方式がVHS方式に敗北した。
今回の調査対象となったビジョナリーカンパニーが、過去のどこかで逆風にぶつかったり、過ちを犯したことがある。また、今この時点で問題を抱えている会社もあるだろう。
ここがポイントで、ビジョナリーカンパニーにはずば抜けた回復力があり、逆境から立ち直る力がある。
こうした優良企業がなぜ、ビジョナリーカンパニーという特別な地位を獲得したのか、解き明かすのは興奮させられる。どのように成長し、困難を乗り越えたのか、ほかの大企業と比べて際立っていることはなにか。
−十二の崩れた神話
神話①
すばらしい会社をはじめるには素晴らしいアイデアが必要である。
現実①
ビジョナリーカンパニーは具体的なアイデアをまったくもたずに設立されたものもあr、スタートで完全につまずいたものも少なくない。
ビジョナリーカンパニーはスタートには出遅れて長距離レースに勝つことは多い。
神話②ビジョナリーカンパニーはビジョンをもった偉大なカリスマ的指導者が必要である。
現実②
全く必要ない。こうした指導者は会社の長期の展望にマイナスになることもある。ビジョナリーカンパニーの指導者はカリスマ指導者になることよりも、長く続く組織をとくりだすことに力を注いだのである。
神話➂
とくに成功している企業は利益の追求を最大の目的としている。
現実➂株主の富を最大限に高めること、利益を最大限に増やすことはビジョナリーカンパニーの大きな原動力でも、最大の目標でもない。
利益を最優先に掲げる企業よりもビジョナリーカンパニーは利益を上げている。
神話④
ビジョナリーカンパニーには共通した正しい基本的価値観がある。
現実④
基本的価値に正解はない。ビジョナリーカンパニーの2社を比べても対照的なほど理念が違っている。決定的なものは、理念をいかに深く信じているか、一貫して理念が実践され、現れているかだ。ビジョナリーカンパニーは何を価値観とするべきか?とといたてることはない。我々が実際に、何よりも大切にしているものは何なのか?という問いたてる。
神話⑤
変わらない点は変わり続けることだけである。
ビジョナリーカンパニーは基本的理念を変えることがあってもまれである。基本的価値観はゆるぎなく、時代の流れや流行に左右されることはない。基本的価値観が100年変わっていないケースすらある。ビジョナリーカンパニーの基本的な目的、存在理由は、地平線の上で輝き続ける星のように、何世紀にもわたって道しるべになることができる。ビジョナリーカンパニーは、基本理念をしっかりと維持しながら進歩への意欲がきわめて高いため、大切な基本理念を曲げることなく、変化し、適応できる。
神話⑥
優良企業は危険を冒さない。
現実⑥
ビジョナリーカンパニーは外部からみれば堅苦しく、保守的だと思えるかもしれないが、社運をかけた大胆な目標に挑むことをおそれない。高い山に登ることはリスクを伴うが、胸躍るような大胆な大冒険だからこそ、人は引き付けられ、やる気になり、前進への勢いがうまれる。
神話⑦
ビジョナリーカンパニーはだれにとってもすばらしい職場である。
現実⑦
ビジョナリーカンパニーはその基本理念と高い要求にぴったりと合うものにとってだけすばらしい職場である。ビジョナリーカンパニーで働くと、うまく適応して活躍するか、病原菌のように追い払われるかのどちらかである。中間はない。ビジョナリーカンパニーは存在意義、達成すべきことをはっきりさせているので、厳しい基準に合わせようとしなかったり、合わせられないものには居場所はどこにもない。
神話⑧
大きく成功している企業は綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる。ビジョナリーカンパニーの最善の動きの中には、実験、試行錯誤、臨機応変によって、そして、文字どうり偶然によって生まれたものもある。大量のものを試し、うまくいったものを残す。
神話⑨
根本的な変化を促すには、社外からCEOを迎えるべきだ。
現実⑨
ビジョナリーカンパニーの延べ1700年の歴史の中で、社外CEOを迎えた例はわずか4回、それも2社だけ。社内から斬新なアイデアは生まれている。
神話⑩
成功している企業は、競争に勝つことを第一に考えている。
現実⑩
ビジョナリーカンパニーは自らに勝つことを第一に考えている。これらの企業が成功しているのは、明日には、どうすれば今日よりもうまくやれるか?と厳しく問い続けた結果、自然に成功がうまれてくる。
神話⑪
二つの相反することは同時に獲得することはできない。
現実⑪
ビジョナリーカンパニーはどっちか選ぶような抑圧で自分の首をしめるようなことはしない。AとB両方を同時に追求できるとする考え方である。
神話⑫
ビジョナリーカンパニーになるには、経営者が先見的な発言をしているからだ。
現実⑫
成長を遂げたのは経営者のはt原画先見的だからではない。そのような発言が多いことは事実だが。偉大な企業になったのは、ビジョン、価値観、目的、使命、理念を書いたからでもない。ビジョナリーカンパニーは基本的理念を活かすために、何千もの手段を使う終わりのない過程をとっており、これはほんの一歩にすぎない。
■調査プロジェクト
ステップ①
ビジョナリーカンパニーの選び方は、さまざまな業種、種類、地域の有力者のCEO自ら、アンケート形式で選んでもらった。この調査データをもとに、社名があがった回数が多い20社を選び出し、ビジョナリーカンパニーの調査リストを作成した。
1950年以前の設立という条件で、採取的に18社を選出した。
ステップ②
ビジョナリーカンパニーの共通の特徴を分析するのは欠陥が生じてしまう。というのも、共通の特徴とは、自社ビルをもっている、机がある、賃金体系があるなど、どこの企業にも該当しそうなものばかりだからである。成功している企業とそうでない企業の違いをどう断言すればいいのか。なので、共通の特徴はどこか?ではなく、ほかの会社と比べて際立っているのはなにか?という点を問い立てるべきなのだ。
調査目標を達成するには、ビジョナリーカンパニーを、出発点が似ているほかの企業と比較しながら調査する結論に達した。
ビジョナリーカンパニーの比較企業の選び出し条件
①設立時期が同じ 1892年
②設立時の商品や市場が似ている
➂CEOのアンケートで選ばれた回数が少ない企業
④完全に失敗した企業ではない
オリンピックでいうなら、金メダルチームと高校生チームを比較しても仕方ない。金メダル、銀面ダル、銅メダルのチームと比較して、一貫した違いが見つかれば信頼できるエビデンスになる。
ステップ➂
歴史と発展
各社の設立から、現在までの歴史を調べることにした。知りたかったのは、企業がどのようにはじまったのか、どのように発展したのか、成長したのか、創業者からの世代交代をどのように進めたのか、戦争や大恐慌などの歴史的できごとにどのように対応したのか、新技術の開発をどのように対応したのか。
歴史を分析したかった3つの理由
1.大企業にとってだけでなく、中小企業の人々にとっても意味のある事実を突き止めたかった。
2.ビジョナリーカンパニーのダイナミクスを理解するため。アメリカを理解するなら独立戦争から数多くの歴史的な要因を理解するの同じ。
ジョージメルク:経営理念:薬は患者のためにあり、利益のためにあるのではない、利益はあとからついてくる。
3.各社の歴史を比べて比較するほうが説得力が増す。マラソンの最後の30秒だけみても仕方ない。確かに金メダルを取った結果はわかるだろうが、どうやってとったのか、理解できないはずだ。
企業が十年、二十年、三十年、あるいは100年やってきたことを見ることで、時代の変化で現在では意味のないこともあるが、基本的原則と基本パターンを探し出すことで、いつの時代でも通用するものを探し始めた。
ステップ④
データを詰め込み、何カ月もかけて分析しカメを探す。
オーガニーゼーションストリームアナリシスと呼ばれる手法をつかって9つのカテゴリーに分けた。それは、組織、事業戦略、商品、サービス、技術、経営、株主構造、文化、価値観、方針、外部環境。調査対象の期間を1800年~1990年までに選定。
ステップ⑤
努力の成果を収穫する
長い歴史の中で、ビジョナリーカンパニーと比較対象企業が分けたものはなにか?ビジネスとは一見関係ないもないアイデアから斬新なひらめきを得て、調査結果と組み合わせようとした。このため、進化論(生物学)、遺伝子工学、心理学、社会心理学、社会学、哲学、政治学、歴史、文化人類学などビジネス以外の本を幅広く読んでいった。
ステップ⑥
実施試験と現実の世界への適用
調査プロジェクトの全期間にわたって、コンサル業務や社外取締役としての業務の中で、少佐結果や概念を過酷な現実にさらし、何回もテストした。
データはあくまでデータ
社会学分野の調査や研究には、取り除くことができない、製薬と困難があり、この調査も例外ではない。社会科学の分野では、現実の歴史の中から、メッセージを探し出し、それを最大限に活かすしかない。こうした懸念を考慮にいれても調べた情報が膨大な量にのぼるうえ、調査→理論→実践というフィードバックを進めてきたので結論は妥当である。また、私たちは絶対的真理を見つけ出そうとは考えてない。今回の調査では、今まで以上に深く企業を理解できるようになり、卓越した企業を築くための優れたツールを見つけ出せた。
第二章
■時をつげるのではなく、時計をつくる
例えば、昼夜問わず、どんな時も太陽や星をみて正確な日時を言える珍しい人にあったとしよう。この人物は時を告げる驚くべき才能で尊敬を集めよう。しかし、その人が時を告げる代わりに自分がこの世をさっても永遠に時を告げる時計をつくったとしたらもっと驚くべきことではないだろうか。
すばらしいアイデアやビジョンをもったカリスマ的指導者であるのは「時を告げること」であり、ひとりの指導者を超えて、いくつもの商品のライフサイクルを通じて繁栄し続ける会社を築くのは、「時計をつくること」である。この章では、ビジョナリーカンパニーの指導者が時を告げるのではなく、時計をつくるタイプであったことを明かしていく。この創業者たちが最も大切にしているのは、素晴らしいアイデアと商品で富を築くことでもなく、カリスマ指導者になることに全力を注ぐのでもなく、エゴを満たすことでもない。彼らの最高傑作は会社そのものであり、その性格である。
ー素晴らしいアイデアの神話
二人のエンジニアは新しい会社を作ろうと話し合った。何をするかは決めておらず、電子工学の分野で二人で会社をはじめたいということだけだった。ビルヒューレットとデーブパッカードは最初に会社をはじめることを決め、そのあとで何をつくるか考えた。二人はまず一歩を踏み出し、ガレージから抜け出し、電気料金を払えるようになりそうなことを手あたり次第やった。私たちは金になりそうなことは何でもやってみた。事業が軌道にのったのは1年近くたって、ようやく初の大口契約を獲得してからだった。設立から3年後、1940年、軍の契約を起爆剤に大きく飛躍する。
これに対し、TI(テキサス・インスツルメンツ)は、設立時の構想が大成功を収めた。TIは1930年にスタートした。TIは素晴らしいアイデアによってはじまった。HPは違った。ソニーも井深大が1945年8月に会社を設立したとき、具体的な製品のアイデアはなかった。それどころか、井深大と7人の社員は会社が始まったあとでどんな製品を作るか意見を出し合った。設立当初のソニーは布に電線を縫い付けて雑だが、売るものになる電気座布団をつくってなんとか現金収入を得ていた。
伝説の人物となったサムウォルトンも素晴らしいアイデアを持たずに会社をはじめた。自分の会社を持ちたいという強い意志と小売業に関するごくわずかな知識、あふれんばかりの情熱だけで事業を起こした。フォルトんはニューヨーク誌のインタビューで、「何をはじめるのか、先はみえなかったが、仕事にはげみ、顧客を大切にする限り限界はないといつも信じていた」
ソニー、ウォルマートの例をみると広く信じられている企業の起源の神話が疑問に思えてくる。20社の今回調査したビジョナリーカンパニーの中に、すばらしいアイデアや卓越した製品を出発点とする企業はほとんどない。
フィリップモリスもロンドンのボンド街の小さな名箱やとして始まった。ソニーのようにスタートで完全につまずいた会社もある。3Mは設立早々、研磨剤原料の採掘事業が失敗に終わり、ほかに何をすればいいかわからなかった二代目の社長は就任してから十一年間報酬を受け取らなかった。それに対して、3Mの比較企業のノートンは急成長市場に革新的製品をひっさげて登場し、設立から15年、1年を除いて毎年配当を払い、資本金を15倍にした。
ウォルトディズニーの最初のアニメーション映画「アニメの国のアリス」は全く振るわなかった。コロンビアピクチャーズはディズニーとはちがって初めての劇場公開映画が大ヒットした。わずか2万ドルの製作費で13万ドル稼ぎだし、二年足らずで十本の映画をつくりすべて利益をあげた。
-すばらしいアイデアをもつのは、悪いアイデアかもしれない
結局、ビジョナリーカンパニー20社のうち、具体的で革新的な製品やサービス、つまりすばらしいアイデアが大成功したのは、ジョンソン&ジョンソン、ジェネラルエレクトリック、フォードの三社だけだった。
結論からすると、企業として早い段階で成功することと、ビジョナリーカンパニーとして成功することは、逆相関しているのだ。
長距離レースで勝つのはカメであり、ウサギではない。
起業家になって、会社を設立し、ビジョナリーカンパニーを築きたいと願っているが、すばらしいアイデアがないために一歩踏み出せない読者には、すばらしいアイデアという神話の重荷を下ろすよう勧めたい。
-企業が究極の作品である
ビジネススクールでは、経営戦略や企業に関する講義で、なによりもすばらしいアイデアと製品を出発点に考えることを説いているが、ビジョナリーカンパニーを築いた人たちとは反するものばかりだ。
時をつげることと、時計をつくることには決定的な違いがある。
幸運の女神はどこまでも粘り抜くものにほほえむ。この明快な事実が成功した会社の創業者にとって重要な礎となっている。この創業者たちの座右の銘は「絶対に絶対にあきらめない」
何をねばりぬくのか?それは会社である。アイデアはあきらめたり、変えたり、発展させてることはあるが、会社の成功とは、究極の作品とは「会社」である。もし、アイデアが成功してしまった場合、そのアイデアにほれ込んで、固執しすぎる可能性が高くなる。
ビルヒューレットとデーブおあっカードの究極の作品は音響用オシロスコープでもなく電卓でもない、会社である。
計画は会社の産物、電卓は偶然の産物
同じように、ソニーの最高傑作はウォークマンでもなく、トリニトロンでもない、企業であり企業文化である。
ウォルトディズニーの最高傑作は、ファンタジアでもなく白雪姫でも、ディズニーランドでもない。ディズニー社であり、人を幸せにする同社のたぐいまれな能力である。
会社を究極の作品とみるのは、極めておおきな発想の転換である。この考え方であれば、時間の使い方が大きく変わる。製品ラインや市場戦略について考える時間を減らし、租s機の設計について考える時間を増やすべきなのである。つまり、時を告げるために使う時間を減らし、時計を作るために使う時間を増やすべき。
ビジョナリーカンパニーは自社の製品やサービスにを顧客の生活を向上させる重要な貢献であるとみている。優れたアイデアや商品が最高傑作の会社は、時代が遅れになる可能性はあるが、ビジョナリーカンパニーは製品のライフサイクルを超えて、会社として変化し、発展し続ける力がある限り、時代遅れにはならない。
-偉大なカリスマ的指導者の神話
企業幹部やビジネススクールの学生にビジョナリーカンパニーの成功要因を聞くと、「偉大なる指導力」という声がかえってくる。
ビジョナリーカンパニーの経営者はきわめて粘り強く、大きな障害を克服したし、会社のために献身的に働く人たちをひきつけ、目標達成にむけて社員の心をひとつにまとめ、会社の歴史の岐路になった重要な時期に指導力を発揮した。
しかし、ここが重要な点だが、比較対象企業の経営者も同じだったのだ。18組を分析していった結果、比較対象企業は、ビジョナリーカンパニーと同じ比率で草創期に指導力がしっかりしていた。
一言でいうと、ビジョナリーカンパニーは指導者が優れていたという裏付けのデータは見つからなかった。ビジョナリーカンパニーの偉大な指導者の理論を否定することになった。
カリスマは必要ない
ここで、決定的な違いを説明する前に、興味深い推論を紹介しよう。
世間の注目を集めるカリスマ的なスタイルは、ビジョナリーカンパニーの基礎を固めるのに、まったく不必要だということ。
ウィリアム・マックナイトを例にあげよう。この人を知っているだろうか、20世紀を代表する偉大なる経営者の一人である。1993年時点でフォーチュン誌のアメリカ経営者の殿堂に入っていない。記事になったこともほとんどない。私たちが調査を始めたとき、その名前を知らなかった。しかしマックナイトが、52年間率いてきた会社は世界中のビジネス関係者の間で高く評価され、称賛の的になった。その会社とは、ミネソタマイニング&マニュファクチャリング=3M。
3Mは有名だが、マックナイトは有名ではない。マックナイトは1907年平の経理助手として入社し、原価会計担当者→販売責任者を経て、総支配人に就任した。しかし強いカリスマ性を持って指導力を発揮したことを示す自自j津をみつけることはできなかった。マックナイトに関する記述は50近くあったが、人となりは「穏やかな口調の紳士」だけであった。人柄については「聞き上手」「謙虚」「控え目」「うつむきかげんに歩く」「慎み深い」「口調が穏やか」「物静かで思慮深くまじめ」と評されている。
ビジョナリーカンパニーの歴代の重要経営者のうち、ビジョンを持ったカリスマ的指導者という典型的なモデルに合わないのは、マックナイトだけではない。ソニーの井深大も、控え目で思慮深く内省的な人物だといわれている。
世間の注目を集めるカリスマ的な指導力が自分のスタイルではないとすると、どうなるか。私たちの答えはこうだ。そうしたスタイルを身に着けようとするのは無駄な努力かもしれない。
心理学の調査によると、人の性格はかなり早い段階に遺伝と経験が積み重なって形成されるものであり、経営者の地位についてから、基本的な性格を大きく変えられるとはおもえない。そしてそうしたスタイルは必要ではない。
「自分が世間の注目を集めるカリスマ的指導者であれば、それはそれでよい。しあkし、そうでなくても問題はない。3M、P&G、ソニー、ボーイング、メルク、HPのような企業を築いた人々の仲間だと言えるのだから。問題はない。」
まとめると、ビジョナリーカンパニーと比較対象企業は草創期に、強力な指導者がいたのは確かだ。しかし、ビジョナリーカンパニーを築くのにカリスマ性が不可欠だとは言えない。カリスマ的であろうとなかろうと、偉大な指導者が重要だという仮説では、ビジョナリーカンパニーが比較対象企業よりも優れた業績をあげてきたことは説明できない点も指摘しておきたい。これが重要である。
ビジョナリーカンパニーはきわめて有能な経営者を育成し、社内で昇進させる点で比較対象企業より優れており、何代にもわたって優秀な経営者が続き、経営の継続性が保たれている。継続性が保たれているのは、こうした企業が卓越した組織であるからであって、代々の経営者が優秀だからではない。
‐建築家のような方法ー時計をつくる
ビジョナリーカンパニーと比較対象企業では、草創期の経営者に確かに違いがみられたが、その違いは「偉大な指導者」と「偉大ではない指導者」という単純なものではなかった。最大の違いはその志向にあったと思える。
比較対象企業よりも組織志向が強かった。
サムウォルトンとエームズの経営陣の違いは、ウォルトンのほうがカリスマ性が強い経営者だったことではなく、ウォルトンのほうが時計とつくる傾向、つまり建築家としての傾向がはるかに強かった点にある。ウォルトンは20代初めごろには性格がほぼ固まっており、その後の人生の大部分をウォルマートという会社を築き、可能性を広げるというおわりのない目標を追求することに費やした。自分の指導力を高めることは目標ではなかった。
例えばウォルトンは、変化、実験、不断の改善を大切にした。改善だけではなく、変化と改善を促す組織としての具体的な仕組みを整えた。
「店舗の中の店舗」というコンセプトを打ち出し、部門責任者にそれぞれの部門を自分の会社であるかのような権限と裁量権を与えた。ほかの店舗でもつかえそうなアイデアを出した従業員には奨励金を出して表彰した。
「従業員は変化を奨励する環境で働いている。店員が商品や軽削減のアイデアについて提案すると、そのアイデアは即座に広がる。750を超える店舗と、8万人を超える従業員が様々な提案を生かしていけば、売り上げは大幅に伸び、経費は大幅に削減され、生鮮性は大幅に向上する。
ウォルトンは自ら発展し、変化する組織をつくることに力を注いだが、エームズの経営陣はどんな変更でもすべて上から命じ、店長の行動をマニュアルでことこまかに指図し、自主性を発揮する余地を残さなかった。
ウォルトンはこのよを去ったのちに会社を引きづぐ有能な後継者としてデービットグラスを育てたが、ギルマン業第二は後継者がおらず、結局、経営哲学がバラバラの会社にゆだねることになった。
1990年、フォーブス誌のエームズに関する記事は、「共同創業者のギルマンは、自分が作った会社がこわれるのを、なすすべなく眺めている」と悲劇を伝えている。
‐ディズニー対コロンビアピクチャーズ
ここで連想ゲーム。ディズニーといわれて連想するものはわかるか?またコロンビアピクチャーズといわれて連想するものはわかるか?ほとんどの人はディズニーという言葉がいみするイメージは思い描けても、コロンビアピクチャーズは難しかっただろう。
ウォルトディズニーの場合、社員のかぎりない想像力と才能を活かして、会社を築いたことは明らかだ。ミッキーマウス、白雪姫、ディズニーランド、など、同社の最高傑作を数多く生み出している。ウォルトディズニーは時を告げるずば抜けた才能を持っていた。同時に時計をつくる思考も強かった。
コロンビアピクチャーズのハリーコーンは、暴君のような人物で、デスクの傍らに鞭を置いて注意をひきつけたい時には鞭を鳴らした。1958年、コーンの葬儀に立ち会ったある人物によれば、1300人の参列者は、別れを告げるためでなく、コーンが本当に亡くなったか確かめるためにきたのだという。コーンが従業員を気にかけるような資料は一切みつからなかった。コロンビアピクチャーズはコーンの自己中心的な理念では長続きせず、コーンの死後、1973年にコカ・コーラに売却された。
笑いと涙を誘うディズニー社の能力はこの世からなくなることはない。ウォルトディズニーはその人生を通じで会社を発展させ、その可能性を広げることに、コロンビアのコーンよりも力を注いだ。
‐CEO、経営幹部、起業家へのメッセージ
ビジョナリーカンパニーを築くにあたって、特に重要な方法は、行動ではなく、視点を変えることである。ニュートンの革命、ダーウィンの革命、アメリカ合衆国の建国にぶつかった人々と同じように、根本から発想転換してほしい。
ニュートンの革命が起こる前、人々は自分たちの世界を神の思し召しという言葉で説明した。子供が転んで腕を折れば、それは神の思し召しだった。凶作になってもそれも思し召し。すべては全知全能の神がきめることだと考えていた。
1600年代になると、人々は言い始めた。神がなされたのは、宇宙を一定の法則で動くようしたことで、曾雌田法則がどのように働いているのかを、私たちは見つける必要がある。これを境に全宇宙の基礎となるダイナミクスと法則を人々は探りはじめた。これがニュートンの革命である。
同じようにダーウィンの革命によって、種と自然界の歴史に対する考えが劇的に変わった。ダーウィンの革命が起こる前、人々は神があらゆる種を完全につくり、自然界でのそれぞれの役割を与えたと考えていた。シロクマが白いのは神がそうつくったから、猫がのどを鳴らすのは神がそうつくったから。となっていた。
ビジョナリーカンパニーが成功したのは、ダーウィンの革命と同じように、偉大なカリスマ、全知全能の神、素晴らしいアイデアがあったためではないと考えるべきなのだ。会社を築き、携わっているのであれは、製品に対してのビジョンを考えたり、カリスマ的指導者になろうと考えるのではなく、組織についてのビジョンを考える時間を増やすべきなのだ。
-ORの抑圧をはねのけ、ANDの才能を活かす
ORの抑圧とは、逆説的な考えは簡単に受け入れず、一見矛盾する力や考え方は同時に追求できないとする理性的な見方である。ORの抑圧に屈していると、ものごとはAかBのどちからでなければならず、AとBの両方というわけにはいかない考え方である。
例えば、
変化か安定のどちらかだ
慎重か大胆のどちからあだ
低コストか高品質かのどちらかだ
など・・
ビジョナリーカンパニーはこのORの抑圧に屈することなく、ANDの才能によって自由にものごとを考える。ANDの才能は、さまざまな側面の両極にあるものを同時に追求する能力である。AとB両方を手に入れる方法を見つけ出すのだ。ビジョナリーカンパニーは短期的かつ長期的に利益を出そうとする。陰と陽を同時にどんなときにも共存させる。二つの相反する考え方を同時に受け入れながら、それぞれの機能を発揮させる能力があるかどうかで判断される。これこそまさにビジョナリーカンパニーの持っている能力である。
■第三章 利益を超えて
株式会社メルク 1964年に日本でも設立
三代あとの経営者 ロイバジェロス
メルクは第二次世界大戦後、日本にストレプトマイシンを持ち込んで、その結果、蔓延していた結核がなくなったといわれています。
ジョージメルク2世は1950年高い理想と現実的な自己利益を追求している考え方を次のように述べた。
・・医薬品は患者のためにあることを忘れない。医薬品は人々のためにあることを、絶対に忘れてはならない。医薬品は利益のためにあるのではない。利益はあとからついてくるものであり、われわれはこの点をわすれなければ、利益は必ずついてくる。
ビジョナリーカンパニーの理念は現実的な理想主義というべきものであり、メルクはその典型である。
ビジョナリーカンパニーの「時を刻む時計」の重要な要素は、「基本理念」つまり単なる金儲けを超えた基本的価値観と目的意識である。基本理念は組織のすべての人々の指針となり、活力を与えるものであり、長い間ほとんど変わらない。
メルクと同じように医薬品で人々の命を救い、痛みを和らげている、メルクの比較対象企業のファイザーと比べると、メルクのほうが基本理念を大切にしている。
ジョージメルク2世は「医薬品は患者のためにあり、利益はあとからついてくる」に対し、同じ時期のファイザーの社長、ジョンマッキーンは「人道的に許される限り、すべての活動から利益をあげることを目指す」とあやうい見解を示している。
メルクは、新しい医薬品開発に資金をつぎ込んだが、ファイザーは買収路線に走り、4年間で14社の買収をした。それはどんな分野であれ、とにかく利益を増やすためだった。
言うまでもなくメルクのような企業なら、高い理想を掲げるだけの余裕があるだろう。ジョージメルク2世が1925年に父親から経営を引き継いだ時、メルクはすでに素晴らしい業績をあげており、財務体質も申し分なかった。高い理想、つまり基本理念を生き残るために必死になっていた時期に持っていたビジョナリーカンパニーは多い。
ソニーの設立時とフォードが1983年に迎えた重大な転機の二つの例を考えてみよう。
1945年、井深大は、戦後の荒廃した日本でソニーを設立した。東京・日本橋の空襲で焼け落ちた古いデパートのビルの中で、使われなくなった電話交換室を借り、七人の社員と19万円の貯金で出発した。しかし、何を最優先すべきなのか。気の滅入るような廃墟の中で、まずなにをすべきなのか。現金収入を得ることか、どんな事業を行うかを考えることか、製品の発売か、顧客の開拓か。井深はこうした課題にも全力を傾けた。失敗作の炊飯器、和菓子、粗雑な電気布団などなんでもやってみた。生き残るために必死になっている起業家にしては驚くべきことだった。説私立したばかりの会社の理念を書きあらわしたのだ。
会社創立の目的
・技術者たちが技術することに喜びを感じ、その社会的使命を自覚しておもいきり働ける職場をこしらえる。
・日本再建、文化向上に対する技術面生産面よりの活発なる活動。
・非常に進歩したる技術の国民生活内への即時応用。
経営方針
・不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の拡大を追わず。
・技術上の困難は、これをむしろ歓迎し、量の多少に関せず、最も社会的に利用度の高い高級技術製品を対象とす。
・一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き、個人の技能を最大限度に発揮せしむ。
上記のことを設立文書に盛り込んだ企業を何社しっているだろうか。
日々の資金ぐりに追われながら、こうした崇高な価値観や目的意識を考える創業者を何人思いつくだろうか。
余談だが、会社を設立したばかりで、事業が成功してから理念を掲げようと考えているのであれば、ソニーの例を考えてみてはどうだろうか。
40年後、盛田昭夫はソニーの理念を凝縮し、洗練させたソニースピリットをつくった。
ソニーは開拓者。人のやらない仕事、困難であるがために人が避けて通る仕事に、ソニーは勇敢に取り組みそれを企業化していく。開拓者ソニーは、限りなく人を生かし、人を信じ、その能力を絶えず開拓して前進してゆくことをただ一つの生命としているのである。
これと対照なのが、比較対象企業のケンウッドである。
ケンウッドの哲学、価値観、ビジョン、理想を示す資料をおくってほしいと依頼したが、資料はないという返事が返ってきた。外部資料もひとつもなかった。ソニーは社内でも外部でも簡単に手に入った。
ソニーの理念は、顧客のニーズをくみ取って商品を開発するのではなく、ソニーが新しい商品をつくって顧客をリードすることにある。
理念に徹するこの姿勢から、需要があるかどうかわからない製品を発売する決定を次々に下してきた。
ソニーは粗雑な電気布団を販売し現金収入を得ていた一方(現実主義)、常に社会に貢献する製品の開拓者になることを夢見て前進していた。(理想主義)
フォードモーター
1980年、日本の自動車メーカーからの猛烈な攻勢にさらされて、巨額の赤字を抱えて瀕死の状態にあった。
当然ながら、フォードの経営陣は赤字に歯止めをかけ、会社を存続させるためにありとあらゆる緊急措置をとった。また異例だが、時間をとって、指導原理を明確にしたのである。フォードの元CEO、ドンピーターセンはこう語っている。
ピープル(人々)、プロダクト(製品)、プロフィッツ(利益)
の三つのPの優先順位について、徹底的に話し合い、人々を第一に考えるべきとの結論に達した。二番目が製品、三番目が利益。
1980年の天気で指導力を発揮した経営陣は、まったく新しい理念を生み出したわけではない。長い間眠っていた理想に再び命を吹き込んだだけだ。
草創期における三つのPについて
自動車事業で莫大な利益を上げるべきだとは思わない。敵dな利益が望ましく、過度な利益は望ましくない。利益は適度に抑えて販売台数を多くすれば、車に乗ることを楽しめる人が増え、十分な賃金で雇用できる人数が増える。この2つの目標を達成することに、私たちは人生をかけている。
メルクやソニーと同じ理念を持っているグループのなかにフォードをいれるつもりはない。フォードの歴史には汚点が多すぎる。しかしGMと比べるとフォードのほうがはるかに理念を大切にしている。
ピータードラッカーはGMとCEOのアルフレッド・スローンについて
「会社という概念」で結論づけている。
GMが企業として失敗したのは、専門家至上主義という姿勢に大きな原因がある。アルフレットスローンの著書「ゼネラルモーターズの歳月」は、著書の中で最も人間的側面が希薄である。
GMは、効率的に生産し、雇用を抄出し、市場をつくり、売り上げを伸ばし利益を生み出す企業経営しか考えてない。
社会の中の企業、生活の場ではなく人生としての企業、隣人としての企業、パワーセンターとしての企業、そのすべてが欠けている。
‐基本理念 利益の神話を吹き飛ばす
ビジョナリーカンパニーとって、基本的理念は組織の土台になっている基本的な指針であり、われわれが何者で、何のために存在し、何をやっているのかを示すものである。基礎の基礎でありめったに。かわることはない。
基本理念は、メルクのように第二世代に生まれたケースもあり、フォードのように、理念が一度は忘れ去られ、後年によみがえったケースもある。しかしほぼすべてのビジョナリーカンパニーで基本理念が文書になっているうえ、企業の動きを決めるものとして、大きな力を持っている。
私たちの調査結果の中でもとくに興味をそそる事実は・・
ビジネススクールの教えに反して、ほとんどのビジョナリーカンパニーにとって、「株主の富を最大限に高めること」や「利益を最大限に高めること」は大きな原動力でも最大の目標でもなかった。ビジョナリーカンパニーはいくつかも目標を同時に追求する傾向があり、利益を得ることはそのなかのひとつにすぎず、最大の目標であるとは限らない。重要なポイントは、ビジョナリーカンパニーでは、基本理念がの「力」が比較対象企業よりもはるかに強い。18組中17組に純粋な利益志向が薄いことがわかった。
ビジョナリーカンパニーは、経済活動を超えたものであって、それ以外の者とはいっていないし、収益性や株主の富の形成に関心を持ってないと言っているのではない。ビジョナリーカンパニーは利益を追求している。そしてもっと広い視野にたち、意義のある理想を追求している。利益を最大限に追求していないが、それぞれの目標を利益をあげながら追求している。両方ともおこなっているのだ。
「収益力は会社が存続するために必要な条件であり、目標達成のための手段のひとつ。人間の体でいうならば、酸素や栄養、血液だ。人生の目的ではないが、それがないと生きられない。
ビジョナリーカンパニーは業種に関係なく理念と利益を同時に追求する「ANDの才能」を比較対象企業よりも大切にしている。
‐ヒューレットパッカード対テキサスインスツルメント
ヒューレットパッカードは、エレクトロニクス革命を追い風に急成長している。有能な生え抜きの経営幹部を育てられるかどうかが大きな問題になっている。何世代にもわたってHPの経営幹部を教育し研修していくためのメッセージを、研修担当者の心に刻み付けたい。
パッカードの短い挨拶
会社が存在している理由は、会社は金もうけのためにあるのではない。会社が存在している真の理由を見つけださなければならない。個人ではなく会社と存在しているのは、個人ではできないことができるようになるからだ。社会貢献は使い古された言葉だが、すべての基本である。HPの基本的な原動力になっているのは、カネ以外の製品をつくりサービスを提供すること、つまり価値のある仕事をしたいという強い意欲にある。HPが存在している理由は我々にしかつくれないものを提供することにある。
目的は勝つことであり、この目的が達成されたかどうかは顧客の目で判断され、誇りにできる仕事をしているかどうかで決まる。
この考え方は理論的に、釣り合っている。真の顧客に本当に満足してもらえれば、利益を上げられるようになる。
比較対象企業のテキサスインスツルメンツは、40を超えた記事や事例研究を調べたが会社が利益以上超えたものであるという資料はみつからなかった。重要なのは、規模、成長、収益力だけであると。TIの原動力は売り上げ目標であり、理由を重視することは少なかった。企業の規模が拡大すればよい。製品の質が低くても、技術の進歩に貢献しなくても問題ではない。
ジョンソン&ジョンソン対ブリストルマイヤーズ
J&JもHPと同じようにまず利益を超えた理想を掲げ、次に理想を追求する上での利益を重要視した。ロバートジョンソンは痛みと病気を軽くするという理想主義的な目標を掲げて、J&Jを設立した。1908年にはこの目標を発展させて顧客へのサービスと従業員への拝領を株主の利益に優先させる経営理念を確立した。
J&Jの研究部門は、視野の狭い商業主義的な精神、配当のために行動せず、医術の進歩を後押しするために前進し続ける。
1935年ロバートジョンソンジュニアは、同じような考え方を打ち出した。顧客への奉仕が第一で、従業員と経営陣の奉仕はその次、株主への奉仕は最後である。
【我が信条】
第一に
石、看護師、病院、母親、そのほか我々の製品を使うすべての人々に対して責任を負う。
製品は常に最高の品質でなければならない。
注文には迅速かつ正確にこたえなければならい。
われわれの取引先の利益は適切でなければならない。
第二に
ともに働く人々。工場や事務所で働く男性と女性に対して責任を負う。
従業員が雇用に対して安心感を持てるようにしなければならない。
賃金は適切かつ十分であり、管理は正しく行われ、労働時間は妥当であり、労働環境は清潔で整頓されていなければならない。
従業員が提案をしたり、苦情を申し立てる制度が整っていなければならい。
監督者と部門責任者は適任で公平な人物でなければならない。
第三に
我々の経営陣に対して責任を負う。
経営幹部は有能で教養があり、経験が豊富で能力の高い人物でなければならない。
経営幹部は常識があり、十分な理解力のある人物でなければならない。
第四に
我々がいきる地域社会にたいして責任を負う。
良き市民でなければならず、善行や慈善事業を支援し税金を公平に負担しなければならない。
市民の生活の向上、健康、教育、充実した行政を奨励する活動に参加し、地域社会に我々の活動を広めなければならない。
第五に
我々は株主に対して責任を負う。
事業は健全な利益を生まなければならない。
留保を蓄えなければならず、研究を続け、野心的な計画を進め、失敗は償わなければならない。
逆境の時に備えなければならず、適切な税金を支払い、新しい機材を購入し、新しい幸寿を建設し、新しい製品を発売し、新しい販売計画を策定しなければならない。新しい実験をしなければならない。
これが1943年に作られた信条の全文である。
ブリストル・マイヤーズはJ&Jに比べて理念を指針とする傾向がはるかに薄い。ブリストルマイヤーズが1987年に発表した”誓い”はJ&Jをまねたものではないかと疑いたくなるものであった。
‐ボーイング対マクドネルダグラス
ボーイングはマクドネルダグラスよりも、自社のアイデンティティの理想像の追求を重視してきた。
特にボーイングは、大きな賭けをして、大型で技術が進んだ航空機を開発してきた長い歴史がある。ボーイングの収益力は高いが、利益を目的にしてきたわけではない。航空機技術のパイオニアになることだ。大きく、速く、最先端で性能を向上させた航空機をつくる。航空技術の限界を押し広げる。冒険し、挑戦し、達成し、貢献する。正しい資質を持つ。利益がないと目的を達成できないが、利益はボーイングが存在している理由ではない。
1945年~1968年までCEOを務めたビルアレンは、ボーイングは常に明日へ飛躍しようとしている。寝食を忘れて仕事に没頭するものだけが明日へ飛躍できる。人間の目標はもっと大きな目標をもち、もっと大きな目的を果たし、もっと大きな仕事をする機会を得ることであるはずだ。人生の最大のよろこびとは、困難で建設的な仕事に携わり、それから得られる満足感である。なぜ747を製造するのか?それは我々がボーイングだからだ。言った。
ビジョナリーカンパニーの多くは、現実主義と理想主義の二つの側面を持っている。
‐フィリップモリス対R・Jレイノルズ
フィリップモリスは株主の富を最大限に増やすことだけを目指すのではなく、理念を大切にして事業を進めている。
副社長のロス・ミルハイザーは1979年にこう述べている。
「私は煙草を愛している。煙草は人生を本当に生きる価値のあるものにする。タバコは大きな願いをかなえる。人間にとって大切なものの一つを与えてくれる。人間は常に均衡状態を保とうとしており、その点でタバコは大きな役割を果たす。」フィリップモリスの社員はレイノルズの社員よりも煙草を支持する理念を断固たる態度で主張しているが、レイノルズの幹部は1960年ごろから自分たちの製品をあまり気にかけなくなり、金儲けの手段としか考えなくなった。
‐正しい理念はあるのか
メルクとフィリップモリスの製品がもっている役割は全く正反対だが、どちらも確固たる理念を指針としているビジョナリーカンパニーである。
ビジョナリーカンパニーに正しい理念はあるのか?
ビジョナリーカンパニーの多くは、社会貢献、誠実さ、従業員の尊重、顧客へのサービス、卓越した創造力、主導的な地位、地域社会への責任などを理念として掲げているが、ビジョナリーカンパニー全社に共通している項目はひとつもない。
・J&Jやウォルマートは顧客を理念の柱にしたが、ソニーやフォードはそうはしなかった。
・HPやマリオットは従業員への配慮を理念の柱にしたが、ノードストロームやディズニーはそうはしなかった。
・フォードやディズニーは製品やサービスを基本理念の柱にしたが、IBMやシティーコープはそうはしなかった。
・ソニーやボーイングは大胆な冒険を理念の柱にしたが、HPやノードストロームはそうはしなかった。
・モトローラや3Mは革新を理念の柱にしたが、P&Gやアメリカンエキスプレスはそうはしなかった。
”一言でいえば、ビジョナリーカンパニーの理念に不可欠な要素は存在しない。私たちの調査結果によれば、理念が本物であり、企業がどこまで理念を貫き通しているかのほうが、理念の内容よりも重要なのである。”
つまり、そこの社員でなければ、理念は重要ではない。重要なのは正しい理念ではなく、しっかりと基本理念をもっており、活力を与えているかどうかである。
-言葉か行為か
ビジョナリーカンパニーの理念は単に人を欺いたり、操ったりするものではない。その根拠は・・
①社会的心理学の研究によると、人々はある考え方を公言するようになると、それまではそうした考えを持っていなくても、その考え方に従って行動する傾向が際立って強くなる。つまり理念を公言することで一貫した行動をとる傾向が一層つよくなる。ビジョナリーカンパニーは比較対象企業と比べて、基本理念を公言する傾向がはるかに強い。
②ビジョナリーカンパニーは理念を組織全体に浸透させ、個々の指導者を超えたものにしている。
・ビジョナリーカンパニーは目標、戦略、組織設計などで基本理念との一貫性を持たせている。
・ビジョナリーカンパニーは理念に基づいた経営陣の育成と慎重な選別をしている。
・ビジョナリーカンパニーは理念を徹底的に浸透させ、カルトに近いほど教化し、強力な文化を生み出す。
ビジョナリーカンパニーの中で、
価値観を持ち、かつ数字をあげているものは昇進する。
価値観を持ち、数字をあげてないものにはチャンスを与える。
価値観も数字もないものは、切られてしまう。
問題は、価値観がなく、数字をあげているものにおいては常に悩みの種になっているということである。そういったものが不正を働き、不祥事を起こす可能性が事実としてある。
ビジョナリーカンパニーを築くには、基本理念を文書にしている。
私たちがコンサルタントとして接してきた企業は独自の理念を定めるうえでこの定義が役に立つ指針になると評価している。
”基本理念=基本的価値観+目的”
基本的価値観=組織にとって不可欠で不変の主義。いくつかの一般的な指導原理からなり、文化や経営手法と混同してはならず、利益の追求や目先の事情のために曲げてはならない。
目的=単なる金儲けを超えた会社の根本的な存在理由。地平線の上に永遠に輝き続ける道しるべとなる星であり、個々の目標や事業戦略と混同してはならない。
IBMの元CEOトーマスJワトソンジュニアは、成功する企業と失敗する企業の決定的な違いは、社員の素晴らしいエネルギーと才能を組織がどこまで引き出せるかにあることが多い。社員が共通の目的に向かうためには企業は何をすればいいのか?そして、世代によってさまざまな変化が起こる中で、どうすれば、この共通目的と方向性を維持できるのか。
それは、われわれが信念と呼ぶものの力と社員の心を動かす魅力にある。
企業の成功をもたらすには、信念を忠実に守り抜くこと。信念は、経営方針、手法、目標などいずれよりも優先させるべきこと。
ほとんどの場合、基本的価値観は鋭く短い言葉に凝縮されて大切な指針になっている。
サムウォルトンはウォルマートの一番重要な価値観の本質をこう表現している。「顧客をほかの何よりも優先させる・・顧客に奉仕しなかったり。顧客に奉仕する仲間を支えないのなら、その人間は必要ない」
P&Gのジェームズギャンブル
「純粋な製品を、はかりをごまかすことなく生産することができないのなら、正直にできる仕事に変わるべきだ。たとえそれが石を割るだけの仕事でも」
ビジョナリーカンパニーが華夏ガエル基本的価値観はごくわずかで、たいていは三つから六つである。ほとんど5つ以下である。
基本的価値観は文字通り基本で組織の隅々までに浸透しておりかわることも曲げられることもない。
”五か六を超えた場合基本的価値観ではないものがある”
例え、これらの価値観のうち外部環境が変わっても、利益にむずびつかず、逆に不利益を被っても、百年にわたり守り続けていくべきものはどれか?
と自問自答するとよい。
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