賢さは視点の数に比例する

N島

さて、昨日友人の結婚式に参加してきました。

前の会社の後輩で一緒に一つのお客さんをまとめてきて、今でも再来週に温泉麻雀に行く付き合いをしている方々と楽しく仕事していた時の後輩でした。

荘厳な式を見ていると、自分の今生きている状況を振り替えさせられます。

生誕から今まで画像なんか流れたりして、私といつもの麻雀仲間との画像を新郎側のプロフィールで流してくれたりなんかしてくれて、気を遣っていただいているなと思いながらお酒をがぶがぶ飲んできました。

おかげで今朝も咽頭炎を感じるような喉の痛みです。

その時なのですが、前の会社の一応最後の上司に当たる人物で、後輩で我々が入社した時に仕事を教えてきた人物が出席しておりました。

私は何とも思わなかったのですが、向こうは話しかけてくるなオーラがあったので放置しておいたのですが。

後から聞いた話によるとなかなか発想が凄いなと驚いたことがありました。

それが退社して1年経つ私を恨んでいると言うのです。

そもそも、恨まれるような事をした記憶はないですし、むしろ、高齢の両親がいると言っているのに仙台転勤と言われ、退職せざるを得ないように追い込まれているような私が会社を恨んでいたっておかしくはない話です。

実際に父は今年の2月に亡くなりましたし、会社の転勤に従っていたら、急逝だったこともあり、間違いなく死の直前に会って話をすることもできなかったと思います。

私の退職後、彼は仕事が上手く獲れておらず、数字が上がらない理由を私に引継ぎをちゃんとしてくれなかったという所為にしているらしいのですよね。

衝撃的な他責です。

転勤を断って、退職すると告げたらそのスケジュールを組んだのは会社ですし、彼が組んだスケジュールです。

そのスケジュールで引継ぎをしましたが、それを受ける側がほとんど会社に居なかったのも含めて、それを私の引継ぎの所為にして勝手に恨んでいると言うのもおかしな話です。

しかも地方から東京に戻ってきて仕事のスタイルも違いますし、私は段取りを組むのが得意だったこともあり、引き継いだ取引先から私と比較して不足を言われていたのは彼の仕事のクオリティの問題です。

お客さんが送別会を開いてくれた時に私は何も言っていないのに、引き継いだ彼の仕事のひどさを言われましたし。

それを退職して1年経過している私が客に自分のことを悪く言わせて広めているという被害妄想に近い事を言っているとのことで驚きました。

業界から1年も離れている私にそんな影響力なんかありません。

私のせいにすることで会議で保身をしているのかもしれませんが、自己都合の視点しか持っていないなと衝撃を受けました。

逆にいえば12年勤めたメーカーを何もなかったら退職していないはずの人間が退職しているのです。

私の視点で見れば、会社を恨んでいてもおかしくはないなと考え、何をされてもそれは仕方がない事と私なら考えます。

そして、元々会社の力が弱くなっているので、お客さんも長い付き合いの会社との取引を打ち切るのも抵抗があり、私の退職を取引を辞めようとしている理由にしているともお客さんの視点なら考えられます。

何故、自己都合の視点しか持たず、他の人の視点から見たらどう見えるかを考えないのか。

お客さんの立場になって考えろとはよく言われますが、視点の数が少ないとそれがどう見えるか分からないのですよね。

ただ社会は人が織りなしているのですから、相手の視点がないと上手くいくはずがありません。

自分が相手の状況だったらどう考えるか。

視点の数がないと誤ったことを考えてしまうリスクがあります。

角度を変えたらどう見えるか、それは常に判断する際には考える必要のある事だと私は思うのです。

そしてそういった視点が欠落していると、それを私に教えてくれた方も言っていましたが「駄目だな」と思われます。

でも確かに、自己都合でしか物を考えない人は私が今係争ごとになっている父の店の従業員もそうですが、上手くいかないことに手間とコストをかけることになります。

普通は結果が出る前にシュミレーションして結果を想定して行動を起こしますが、視点が少ない人は自己都合で自分の足元しか見えない分、結果が出るまで自分に起きる結果を理解できないのですよね。

そう考えると、相手なら同考えるか、第三者的視点の人ならどう考えるか。

その視点の数を増やそうとする努力が必要なのではないかと思えてしまいます。

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