【読書】すべては一杯のコーヒーから

読書

おはようございます。台風後のマックです。
家の窓に養生したり、さとうのごはんなど湯せんで温められる食材を買い込んだりしたけども、朝起きてみれば何事もなく晴れていました。
基本、みんな無事でよかったなと祈る今日この頃です。

さてさて、やっと「ウォルマートの哲学」を読み終わりましたが、最後の部分で衝撃だったのですが、西友がウォルマートの完全子会社だったのですね、、ほんと何も知らないことに脱帽。
ウォルマートの企業カルチャーとは何か?というのを具体的に書き記したすばらしい本でしたが、とにかく長い。。
こういうのは本にメモを取るのではなく、本にしるしをつけることが一番ですね。

今日から「伝え方が9割」を読みます。

今日紹介するのは、N島さんからご紹介いただいたタリーズコーヒーの物語です。
普段何気なく飲んでいるタリーズのコーヒーの物語を知ることで、一層、おいしく飲めているきがします。

すべては一杯のコーヒーから

■情熱をもって

6年勤めた三和銀行を退職し、シアトルで見つけたタリーズコーヒを日本で広めるために、タリーズ本社の社長、トムオキーフに何度もメールにて本社へ直談判。
タリーズ本社にメールを送り続ける一方で、シアトル発症のアイスクリームメーカー「ダンケンズ」の創業者、ダンサムソンと出会った。

人は、人生のポイントとなる場面では、必ずと言っていいほど、素晴らしい人に出逢う。

タリーズに二度目の国際電話。受付にて、切られるところをトムオリーフが日本にに出張していると聞き、場所をきいて直接ホテルへ向かい、トムオキーフの部屋につないでもらった。
トムオリーフとともに、副社長のアールジェイも同行。
ダンケンズから話は聞いている、タリーズも、日本に進出しようと考えていたが、まだパートナーは決まってない。
その後、寿司店で話すことが可能になり、プレゼンもしたこのなかったが、タリーズへの熱意と戦略を懇懇と全力でつたえたところ、「また会おう」となった。

トムオキーフ
大学で広告を、まなび、夢である高級食材のスーパーを創業したかったが資金不足のため、不動産会社に就職。
その後、32歳で不動産ディベロッパーとして、オキーフディベロップメントを設立。それから6年後の1992年、タリーズでスペシャルコーヒー業界に進出した。

帝国ホテルでトムとあって以来、メールを送ると、トムかアールジェイから必ず返信があった。
しかし、契約が終了するまで、油断はできなかった。
また、メールだけでは気持ちが伝わらないと、もうひと押しで
シアトルに滞在し、タリーズ本社へ訪問。このとき、初めてアールジェイから日本でのゴーサインがでた。

契約期間は約一年間、実績を残さなければ契約破棄もあった。銀座1号店をオープンするのに開業資金もなく、後ろ盾企業もない、そんななかで、なんとか7千万の借金をし、3年2ヶ月というスピードで上場をした。
なかには、判断ミスで3ヶ月で閉鎖に追いこまれた見せもあった。

困難にぶつかった際には必ず
何が悪かったのか、どうすれば解決できるのか、を徹底的に追求すること。
失敗をすべて成功のための知れんだと捉え、何事も前向きに売れ入れていくように努めた。

■使命感をもって

自分がなんのために生まれてきたかわからない
なんて人がいる。
使命とは、ある日突然、天からふってくるものではない。人の使命は奥底に眠っており、今まで自分が歩んできた人生を足元からじっくり見直すことによって、きっとどこかにヒントがかくせれており、見つけることができる。

■経験を積む
目標が設定できたら、まず行動。行動して、様々な経験を積んでいくことだ。百の理屈より一の行動。
動きながらのほうが、人間の五感を古に活かすことができる。

No fun. No gain
楽しさなくして得るものなし

なんでも楽しみながら経験すれば必ず自分にとってプラスになる。常に頭をフル回転させ、創意工夫していると、必ず自分の成長につながっている。

希望通り、赤坂の融資課に配属され、やるかを買ってもらい新規外交に配属されたが、なかなか結果がついてこなかった。
あとになって気づいたが「情熱」が足らなかった。
あらゆる仕事について言えるのは、情熱だ!相手に思いいれ、とことん好きになって初めてこころを開いてもらえる。
自分の成績ばかり、気にしていたらそれは相手にも伝わるものだ。

■自分を信じてあきらめない

新しいことを始めるのに、誰だって不安がつきまとう。独立であれ、転職であれ、人生を左右するものであればなおさらだ。しかし人生は、一度きり。やらずに後悔するよりやれるところまで、やって失敗を受けいれるほうが納得感できる。

タリーズは広尾に1号店をだす計画があった。
銀座で不動産を借りることすら困難であったとき、広尾の物件に出会い、物件がみえるcafeから通行人の数を数えた。
学生が多かったことから多少の心配はあったが、何度も不動産夜を説得して、手付金の3割を支払った。

突如、銀座の物件を借りれることがわかり、手付金の300万円を手放して、銀座にいくか、そのまま広尾でオープンするかの究極の選択に迫られた。経営者として直面した初めての大きな岐路だったが、自分の気持ち妥協はしなかった。
その後、広尾の物件には借り手がついたようだが、入れ替わりが多かった。
銀座オープンが数カ月の赤字を乗り越えて、人気点となったおかげで2店舗、3店舗へと、弾みがつけられた。

タリーズ1号店にはムラがあった。
リピーターを獲得するためにコーヒーカップを持ちながら街を歩いたり、歌舞伎座からでてくる中高年の前を歩きながら店にはいるように誘導したり、銀座にオフィスを構える大企業の社員ひとり費にタリーズの素晴らしさを説いてまわった。

サービスとは、お客様の顔を見て、自然な会話ができるようになってこそ本物と言える。
これはマニュアルよりもはるかにむずこと。
店員との楽しい会話ですらタリーズにとっては付加価値なのだ。

■人こそすべて

会社が成長するにあたり、より鮮明になったのが、一人の力がいかに小さいかという事実を思いしらされた。
オープンして一年半、朝から晩までコーヒーをつくっていたときは、アルバイトフェローのおかげで店を守り抜くことができた。

弱気な言葉を漏らすと、アルバイトたちが、タリーズは世界一おいしいコーヒーを出している、日本でもいつかナンバーワンになれます!と励ましてくれた。
タリーズの理念に賛同し、本気でガンバっているアルバイトをみて、いつしか社長だろうが、社員だろうが、アルバイトだろうが、タリーズを愛する気持ちは変わらない、皆仲間なんだと思えるようになった。

タリーズ店舗の良し悪しはマネージャーにより売上は左右される。年齢こそ21歳という若さのマネージャーが、統率力をもっており、アルバイトが慕い、売上の増加にも結びついた。

マネージャーには、とにかくアルバイトを好きになりなさい、叱ったのであれば、なぜしかったが徹底的に理由を説明すること。心からアルバイトの成長を願い、彼らに愛を注ぐこと。

不器用だっり笑顔がなかったり、礼儀がなっていなくても、根気強く教えることができれば、最後は他のフェローと遜色ないまでに、なっていく。
能力がある人と情熱がある人のどちらを採用するかと問われれば、迷わず情熱がある人である。
情熱があれば、かならず成長できる。

■将来を見据えて

人は成長するための努力を止めてはならない。成長するのを辞めたとき、つまり現状に甘んじた瞬間から衰退が始まってしまうからだ。
どんなに思いどおりに進んでいようとも、その状況が永遠に続くことなんてありえない。常に次を見据えて、備え、行動を起こす必要がある。自分が成功している素晴らしい未来を思い描き、楽しく緊張間をもって、次なる挑戦に向かって走り出すということだ。

タリーズコーヒージャパン 経営理念

一杯のコーヒーを通じて、お客様、フェロー、社会、そして株主に新しい価値を創造し、共に成長する。

一、その一杯に心を込める
一、お客様の期待を超越する
一、最高の仕事を経験できて、一人ひとりの可能性が広がる職場をつくる
一、子供達や青少年の成長を促すために地域社会に貢献する
一、株主との信頼関係を築きあげる

銀座の教訓
いくら人通りがあっても知名度のないブランドでは客は集まらない。
視認性の大切さ。

二号店の神谷町
役員たちは神谷町に出店することを反対していたが、先入観を持たずに人通りなどを調査したところ、銀座よりは、劣るが人通りも多くOLやビジネスマンが多い。ドイツ銀行のオフィスが近くにあることと、そこの外国人ビジネスマンが初日に来客し、宣伝してくれたことで、月間三百万円の売上で大成功を収めた。ライバルも少なかったことから、この成功をきっかけに外食産業がこぞって押し寄せた。

六本木の撤退
3号店は、大手町のテイクアウト専門で、三井物産ビルの一階でオープンし大成功をおさめた。
ただ、実質的な3号店は六本木にオープンしたが、スターバックスの向かい側だったり、人通りが少ないなどで半年で撤退。移転した先は、同じ六本木でありながら東京日産ビルである。結果、移転は大成功だが、撤退の背景にはある出資者の考えるままに受け入れたのが敗因だった。
最終的に学んだことは、社運を左右する重大事項は、必ず自分が最終決断をするということ。
たとえ、理論的に正しくても、なにか嫌な空気を感じるものには手を出さない。現場の声は重視し、徹底的に分析する。理論だけでは決められないのがビジネスである。

以上

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