過去に何度も記載しておりますが、私は今でも読書の重要性は最重要だと思っております。
他人が自分の代わりに失敗してくれていることを教えてくれたり、新しい発想や、編集者が駄目な物をフィルターにかけてくれている事も含め、読書をしない人は前進するのが難しいと感じる事が多いです。
万が一、未来から来た男ジョンタイターのように、過去の自分に何かを言うとしたら読書すべきということと期待値を稼ぎ続ける事と本気じゃないこと自体の問題性や自力じゃなく他力の協力が重要とか言うべきことは多数ありますが、最上位はやはり読書でしょう。
そんな中、困っていなくても常時読書はすべきだと思うのですが、私自身追い詰められないと読書をしないのですよね。
読書が当たり前であればいいのですが、何かの答えを探す時だけだとちょっと我ながら不足を感じます。
書籍は常時読んでおいた方が良いのですよね
ただ、私は新卒の時に辛酸を舐め、その年に1000冊ビジネス書を読んだこともあり、どこかで内容を知っている気がして最近は疎かになっております。
この怠惰な感情が良くないのですが、それでも最近の閉塞感のストレスに少々本をメルカリで購入しています。
メルカリのコスパは株主でもあることを除いても素晴らしいと思っておりまして、最近は欲しい物はすべて最初メルカリで探すようにしております。
そこで何度見てもどんな本を見ても分かるのが、絶対的な失敗方法です。
ドン・キホーテの創業者の本を読んだりもしましたが・・・・
順風満帆で生き残った人など誰もいないのですよね。
皆、絶望的な状況を這い上がったり、攻略したりして生き残っております。
逆に言いますと、エジソンの話ではありませんが、失敗など存在しない、上手くいかない方法を学習しただけという考え方が重要です。
失敗を失敗と認識して諦めたり、降りたりするから失敗が確定して駄目になります。
ですが、降りずにどうにかする方法を模索し続けた人のみが生き残ります。
私自身も理論上が完璧な投資理論が一つあるのですが、理論通りにならず確率の偏りに苦しめられていると思いこんでいた一つの投機理論があります
これ自体は今でもどう統計を取っても儲かり続けているのですが、実際はそうではない状態になっています。
何故でしょうか?
それは理論値通りに行動できていない事と、理論値を自分自身が誤解しているからなのです。
言い換えれば本気じゃないから完璧の上を求めていないのです。
世の中は楽してどうにかなるほど甘くありません。
塗炭の苦しみを乗り越えた者だけがスポットライトを浴びれるようにできているのです。
完璧でも足りない以上、怠惰は自分を殺す暗殺者です。
完璧だと思ってからが不足探しを徹底し、何度結果に跳ね返されても諦めない者だけが望みを叶えるのではないか?
最近は本当にそう思います。
そして、再度その投機理論を再検証したのですが、やはり理論と結果はかなり儲かっています。
なのに偏っていて苦しいと思うのは何故でしょうか?
投機理論を完璧だと思って検証せずに、完璧な理論通りに行動できていなかったからです。
普通の人はこれで降りるかもしれませんが、私は違います。
これも試されていた李テストなんだろうなと本気で思うのです。
今度こそ完璧だと思うからこそ多角的に本当かを毎日検証すべきだと思っております。
唯一の失敗は諦めたり、降りたりすることです。
揶揄される内容かもしれませんが、第二次世界大戦中の昭和天皇の言葉を借りれば物資に限りはあれども精神に限界はありません。
物理を無視した話は流石に信じてはなりませんが、物理的に不可能でなければ差を分けるのはその無限の精神力かもしれないと思わされます。
与謝野晶子の弟よの詞ではありませんが・・・
君降りたもう事なかれ
そう思わされます。
何事も諦めてはならずゼルダの伝説のように、必ず存在する秘密の抜け道を探すべきです。
とコロナ自粛で自宅でお酒が進むのがちょっと先々の健康不安につながります。
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